吉村 和真 様(よしむら かずま)
京都精華大学助教授
京都国際マンガミュージアム研究統括室長
京都国際マンガミュージアムの立ち上げに深く関わり、京都精華大学マンガ学部でも教鞭をとるマンガ研究の第一人者。
■京都精華大学マンガ学部
■京都国際マンガミュージアム
■日本マンガ学会
―――何のお仕事をなさっているのですか?本職としては京都精華大学でマンガ学部の理論担当をしています。2006年度にマンガ学部ができてからですね。それともうひとつは京都国際マンガミュージアムのなかで研究統括室長というのを担当しています。
―――現在のお仕事に就かれた経緯というのは?以前は京都精華大学のマンガ文化研究所というところの研究員を担当してまして、そこで五年間、マンガの研究をしていました。その流れで精華大学の専任教員になったんですが、それと同時にマンガ研究に必要となる環境整備もしてきました。
マンガってこのごろ注目されてますけど、まだジャーナリスティックに扱われがちで、基礎研究みたいなものはあんまり共有されてないんですよ。従来のマンガ評論や研究は、在野のマンガ評論家の方たちのお力で進んでたんですが、大学でのマンガ研究とそれとは別なんです。それぞれが資料や問題関心を共有したり蓄積したりしながら、歴史研究なんてのは形成されるので。そのためには、人と人とを相互に批判や連携する回路と資料環境の整備が必要だったんです。
なのに、そういう回路を持っておらず、これまでは、それぞれの人達がそれぞれの立場から評論とかを書いてた。だから、信頼あるマンガ研究のためには、まずそのような回路を持つために、マンガ学会というものを2001年の7月に作りました。
次に資料環境なんですが、マンガっていうのは基本的に読み捨てられるものなので、それをどう集めるかっていうのも非常に大きな課題なんです。実はそれをやってきたのも在野の方々で、代表的なものに現代マンガ図書館がありました。そこの館長は個人出資でやってたので経営がかなり逼迫していたし、京都精華大学にはマンガ学部ができるから基礎研究の準備が必要となるしということで、2003年に、マンガ文化研究所にいるときに「世界マンガ図書館構想」みたいなのを作ったんです。
ただし、それは僕一人の仕事じゃなくて、同じ大学の先生からも、マンガ図書館とか、マンガ博物館みたいなものは構想されてたんですよ。そういうのがあいまって「京都国際マンガミュージアム構想」というのに繋がっていくんです。まあそれが、このマンガミュージアムの現職に就くまでの大まかな流れです。
―――学生時代はどのような夢をもってらっしゃいましたか?えっとね、福岡の方で高校の先生になろうと思ってたんです。今でも高校の先生になりたいんです、ほんとは。
僕はもともとですね福岡出身で、大学は熊本大学なんです。九州では九大か熊大にいって公務員になるっていうのが一番の親孝行の道だったんですよ(笑)。で、僕は数学が嫌いだったのですが、数学を受けなくていいのが熊大だったので、熊大に。
そこでは、文学部史学科の文化史コースってとこにいたんです。なんで文化史コースにいったかっていうと単に寮の先輩にえらく気に入られて「文化史に来い」って強引に連れられたから文化史になっただけなんです。本当は国史に入ろうと思っていたんです。日本史の先生になろうと思ってたから。
で、文化史につれていかれたはいいけど何やって良いかわからんので、「なにやっていいんですか」って先生にきいたんです。そしたら、「人の営みはすべて文化なので何でもいいんだよ」って言われたんです。だったら一番自分の好きな、マンガをやろうと、特に一番好きな漫画家だった手塚治虫について研究しようと思ったんです。
それで二回生のころに、手塚治虫について報告したんです。そしたら、先生に「趣味と研究は違うんだ!」って怒られたんです。それで「えぇーっ、なんでもいいって言ったやん!」って思ったけど、そのときに、「研究と趣味って何が違うんだろう」とか、「じゃあその研究になる対象とマンガって何が違うんだろう」とか、そういうことをウダウダ考えた時期があったんです。でも、結果的にそれが今一番役立ってます。
そこからいろんなことを勉強しながら、一応先生も認めてくれるような形式でマンガの論文を卒業論文として書いたんですよ。修士論文も手塚治虫で書いたんです。
で、その修士課程までは、手塚の「内」を掘り下げる、まあ手塚のマンガの中に現れる手塚の思想の研究をしてたんです。じゃあ今度は、一体手塚は何者だったんだっていうのは「外」から手塚を捉えないとわかんないじゃないですか。だからそれをちょっとやってみたいなと思い始めて、ほんとは高校の先生になるんだから修士まででいいんですけど、上に行ってみようかなとちょっと思い始めて、けっきょく博士課程に足を踏み入れて、そのせいで今にいたるんです(笑)。
―――精華大学にマンガ学部ができた経緯っていうのは?一番最初はですね、1973年に、「美術」っていう枠の中にカートゥーンっていう一枚ものの風刺画を扱うところができたんです。それが最初はマンガクラスっていってたんです。デザインコースの中のマンガクラス。
それがカートゥーン分野になって、20年以上それが続いたんです。それで、2000年にカートゥーンだけじゃなくて、一般に現在の僕らが親しんでるストーリーマンガを巻き込む形で、カートゥーンコースとストーリーコースをあわせてマンガ学科っていうのができたんですよ。で、2006年度に、アニメーションと、マンガプロデュースっていうのを学科として加えて、3学科体制でマンガ学部というのができたんです。
―――これからの夢や野望はありますか? 野望。僕の野望はですね、小学校のときのものですけど、「世界中の人に手塚治虫のマンガを読ませて世界平和を実現する」っていうのがあったんですよ。これ、ほんとですよ、ほんとに。国際平和を実現するには、世界中の戦争を終わらせるためには、手塚治虫のマンガを読ませればいいと思ったんですよ。
でも、その場合、単に手塚のマンガを読ませりゃっていうね、ひとつの洗脳をしてしまっても仕方ないので、一方でマンガそのものが人間に与える影響力って言うのを多面的に考えてかなきゃいけない、と次第に考えるようになったんですね。
単に手塚マンガが広がったといっても、メリット・デメリットあるじゃないですか。ある価値観が広がるってことは、ひとつの価値観に平板にとらわれるってことだから、それはそれで危ないでしょ、何かが見えなくなる訳じゃないですか。人類共通に何かが見えなくなってしまったら困るじゃないですか。
だから、一方で多様化が必要だし、でも一方でマンガを読ませたいっていうのがあって。そんなことを考えるようになって、こういう風に大学でマンガについて教えるという、制度的にマンガを扱う場合に、「権威」ではなくて「信頼」あるものとして押し進めるように、一方で必ずそれを批判的に客観的に捉え返す研究テーマを自分自身に課して、バランスよくなんとかしていきたい、というのがあるんですね。まあちょっとめんどうな話かもしれませんが。
―――これからマンガはどうなって行くと思いますか? 今でこそ「日本唯一のマンガ学部」なんていってますが、あと四〜五年経てばマンガ学部や学科はもう当たり前のように存在することになる可能性がありますが、そうなると、「大学にあるからもうマンガも勉強して当たり前なんでしょ」って言う学生が増えると思うんです。つまり、何のために勉強するのかっていうのは、大学が制度的に設置しているから勉強する意義がある、となってしまうわけです。それは、困るんです。
根本的に大学っていうのが、義務教育と違うとすればやっぱり自発的に問いかけるってところが必要じゃないですか。学部なんかになっちゃうと、その自発的な問いを封鎖してしまう可能性が高くなるわけです。だから学生に、自分の問題として、マンガについて問いを立てさせるには、「大学でマンガを研究する意義とか課題は常に自分の問題として考えて下さい」と何度も何度も言わなくちゃいけないんです。
おおげさかもしれませんが、このことは、五年十年後の漫画界に大きな影響を与えると思いますよ。マンガ学部を卒業した学生たちが漫画家になるとするじゃないですか。その学生たちと、たとえばかつてのトキワ荘の住人とかあの頃の人たちとでは、漫画家としての意識が全然違うわけですよ。だってあのころはまだ社会的にもたたかれ、マンガなんてと批判されながらも、なんとか市民権を得ようとして、マンガをいろいろ描いてきたわけですよ。でも、いまはもう市民権ありきで、それどころか国なんかがサポートするほどの状況下で、マンガを描くわけでしょ。良い悪いの問題を少しおくとしても、これだけ状況が違うっていうのは、まず確認しておくべきでしょうね。
―――学生のみなさんにメッセージをお願いします。
今、自分に何が見えて、何が見えてないのか、つまり自分の関心の境界線を少し考えてみるだけでも、世界を見る目が変わるんですよね。自分の立ち位置をできるだけ高いとことから眺めてみるというか。そういうきっかけをできるだけ作ってほしいっていうのと、そういうきっかけが集積する中で、今しか、自分にしかできないことはなにかっていう判断をしていくと、選択に迷ったときは一歩踏み出しやすくなりますよ。
みもふたもない言い方をすれば、どっちに進んだって、それなりに後悔するんですよ。なので、できるだけ自分がどこにいるのかって言うのを俯瞰的に見て、少しでもその後悔を減らせるような心構えをしておいた方が、結果的にうまくいきますよ、ということですね。というか、そういうことを少しでも日常的に考えるクセがつけば、ちょっとずつかもしれませんが、確実に自分の進むべき方向が具体的に見えてくると思いますよ。
―――ありがとうございました。