渡邊 康一 様 (わたなべやすかず)
ウェブマックス株式会社代表取締役社長
1996年の創業以来、多くのウェブサイト製作を手がける。その傍らデジタルハリウッド大学院で教鞭をとり、三条あかり景色をはじめとして数多くのイベントのプロデュースするなど、幅広い分野で活躍している。
―――まずはじめに、今されている仕事について簡単に教えてください。
本業としてウェブ制作会社をやっていて、日本で1・2を争うサイトを作っています。で、会社と絡んでCSR的に町興しを、あと大学院の講師としてウェブプロデュースをできる人材を育成しています。
―――ウェブプロデュースをできる人とは?
そうですね。一般的なプロデューサーとは違いますが、仕事を作り出し、人を集めてチームを作って、最終的に完成までもっていく、そんな人ですね。
―――学生時代はどんなことをされていましたか?
私は学生時代が長いんですよ。18歳から9年間、大学院の博士課程まで学生をしてきたので。その中で三本の柱があります。もともと歴史が好きだったので1つは古代史の研究を、これは学生としてですね。2つ目はバイトとして高校の非常勤講師などの教職を、週5日ぐらいで入ってましたね。あとはサークルを、まぁ大学生を集めて色々なイベントをやっていました。
―――多忙な学生生活を過ごしていたようですが、その中で進路はどのように決めましたか?
小学生ぐらいからかな、歴史が好きで。それで大学を選んで、大学でもすぐに研究室に行って院生と一緒に勉強して、研究だけが柱だったんですよ。
でもサークルを始めて友達が増えて、柱が増えましたね。それで人生の選択肢が広がった。そんな中で95年に阪神大震災があったでしょう。リュック抱えてボランティアに行ったんですが、そこで携帯とかパソコンを使って情報をやり取りしている姿を見たんですね。それを見て「通信は社会のインフラだ。やらなきゃ」って感じたんです。もともとコンピュータが好きだったので、一気にハマって。 で、HP作ってみたら周りに好評で。そのころ院を出て高校の非常勤講師をやってたんですが、月給7万円でHP作らされたりして。でも、友人がそれ一日30万でやってるのを聞いて、
雇われる生き方は嫌だと思って、会社作りました。
―――色々なさって多忙な中で、大学での研究はいつなさってたんですか?
論文を本格的に書き始めたのは院に入ってからですね。実はまだ6本くらいしか書いてないんですけども(笑)院に入ってもサークルにOB扱いで参加してて、まだ学生気分が残ってましたね。ただ、院に行くというのははじめから決まっていたので、
友達には「やることが決まってて羨ましい、俺たちは探すだけで大変だ」って言われましたね。
―――そこからweb製作の道を歩まれるわけですが、コンピューターはいつくらいから興味があったんですか?
もともとは14歳の時に親が「これから先、コンピューターくらい使えないと困る」って買ってくれたんですね。で、その頃から自分でプログラムとかゲームとか作ってました。でもそれって自分のコンピューターの中で完結する自己満足なんで、通信がやりたかったんですね。でも、うちは投資→回収っていう考えが強かったんですけど、僕はその考えが嫌いだったんです。だから
コンピューターも市場価値があることはわかってて、小さい頃からやってるからわかってることも多いのに、それを仕事にはしたくなかったんです。 でも阪神大震災で、
通信は社会のインフラなんだから好き嫌いは言ってられない、って気付いたんですよ。嫌いだから電気使わないとか、ないですからね。まぁ、理由付けが欲しかったんですね。
―――ではネット漬け(笑)の日々の中で、どんなことをされていたのでしょうか?
ほとんどはパソコン通信ですね。大学の中に趣味の合う人がいなくても、もっとたくさん集めたら見つかるだろうと。で、韓国の情報にはまってました。 周りにはいないけどネットで探したら見つかった、んじゃ会おう!って盛り上がって。ソウルで日韓あわせて200人くらい集めて交流会をしましたね。まだ当時は韓国のサッカー選手が日本に来るとかなかったんですけど、みんなでサッカー見に行って。そんで球団にソン・ギョンホ選手に会わせろ、って言ったら会わせてくれて。家にまで連れて行ってもらいました。で、盛り上がってたら、2〜3年したら日本に韓国選手が来るようになりましたからね。 他にも韓国にはトンチャクディスコっていう音楽があるんですが、それもはやらせましたね。韓国でアーティストのところまで押しかけたら、歓迎されて。で、日本に来たいと言い出して。で、日本に来ることになったから、関空までみんなで迎えにいったんですよ。そしたらソニーミュージックがそれを聞きつけて、契約しに来ましたからね。ワイドショーとかにも取り上げられて、HEY!HEY!HEY!とかにも出てましたから。いやぁ、ネットの威力はすごいなぁと思いましたね。
―――そんな経歴の中で、今のお仕事に生きてる経験ってどんなことがありますか?
サークルをやってて色々なことを企画したのが役に立ってます。当時は色んな人を楽しませるために企画をしていたんですが、
皆が楽しむのが自分のモチベーションになったんですよ。楽しんでくれれば自分も楽しい。そんな思考の癖が今もあって、楽しいサイト=アクセス多いサイトだと思うんですがね、それがつながってるんじゃないかな、と思います。
まぁ学生時代の3本の柱が、少しずつ変化しながら仕事になってる感じですね。
―――それだけ仕事にモチベーションが高い中で、趣味はどうされているんですか?
趣味と仕事の境目はあんまりないんですよ。たとえば、歴史が趣味ですがいまだに大学で教えていて、仕事にしていたり。韓国が好きなんですが、それも仕事になっていたりするんですよ。
―――なるほど。趣味も仕事も楽しんでいるといった感じですね。では最後に学生に対してメッセージをお願いします。
本当に自分がやりたいことをしたい人にはベンチャーをオススメしますね。やりたい仕事ができる。あとは、
世の中にはたくさん殻がある。気づかずにいるとすぐ硬直化しちゃうから、それに気をつけて、殻をできるだけ破っていくように意識してください。
―――ありがとうございました。