
水越 洋子 様 (みずこし ようこ)
株式会社ビッグイシュー日本編集長
イギリスで始まり世界に広がる、ホームレスの自立支援を目指す雑誌「ビッグイシュー」の編集長。2003年に創刊し現在では毎号3〜4万冊を発行するまでに成長した。更なる発展に向けより魅力的な雑誌作りに邁進する。
■ビッグイシュー日本版
―――今なさってるお仕事を簡単にご紹介ください。
ビッグイシュー日本は有限会社なんですけど、そこで『ビッグイシュー日本版』という雑誌を発行しています。雑誌を作るのが目的ではなく、あくまでホームレスの人の仕事をつくることが目的で、そのための商品がたまたまこの雑誌であったということなんです。
私は雑誌をつくる編集の仕事をやっています。それこそ最初の頃は何から何までやっていましたけれど、今はおかげさまで、一応編集部と、販売者サポートと、事務関係と、だいたいスタッフの役割を決めてやれるようになりました。
―――今のお仕事の中で辛いのはどんな時ですか?
どんな仕事していても、みんな何かしら大変なことがあると思います。けれど、今の仕事は幸か不幸か、ストレスを感じる余裕がないんですよね。目の前の仕事をこなしていくのに時間が足りないくらいで。もちろん落ち込むことはあります。例えば、企画がうまくまとまらなかったりして悶々としたり。企画の格好はついても、どこかでこの企画はビッグイシューでやるべきコトなのかって、自分で腑に落ちないときは、ずっと緊張が続く感じですね。胃が痛くなることはありませんし、それをストレスとは感じませんけれど、企画以外のことを考えるのが上の空になったりして...。今までも、企画がまとまってこれでいこうと決めたら、よく似た企画を他誌がやっていて、没にしたりしたこともあります。よく似たテーマをやるにしても、ビッグイシューらしい切り口じゃないとイヤじゃないですか。
オリジナリティーがないと、自分が何をしているのかわからなくなってしまいますから。そういうことで、企画はけっこう悩みますけど、ある意味、それはうまくいったときは嬉しいので、そういう苦しみを苦しみとは言わないと思っています。
―――逆にやりがいのある部分というのは?
嬉しいことの一つは、販売者の方がこの仕事をしてだんだん元気になっていかれたり、就職されたりすることですよね。就職された方が会いに来てくれたりすると、すごく嬉しいですね。もう一つは、読者の方からさまざまな反応がかえってくることです。読者のメールやお葉書に励まされることは多いです。この二つがあるから、編集の仕事をしていられるのだと思っています。
―――ビッグイシューを始められる前はどんなお仕事をしていたんですか?
20代には保育士をしたり、他にもいくつか仕事をしてるんですけど、10代の頃から福祉に関心があって、高校生の時からボランティア活動を始め、20〜30代もずっと続けていたんです。当時はそういうことをする人はホントに少なくて、ちょっと変わり者だと思われた時代でしたけれど。
20代後半から20年くらい小さいシンクタンクで働きました。そこで、80年代は行政の調査や計画の仕事をしていたのですが、90年代に入ってNPOという言葉が日本でも使われだし、そのシンクタンクで、委託調査でNPOの方たちとともにNPOの制度をつくるための基盤調査をしました。その後、NPO関連の調査などが少しずつ仕事として依頼されるようになりました。90年代になって、やっとボランティアや市民活動という言葉が普通名詞になり始め、仕事としても成立するようになったんですね。私自身は、とてもやりたかった仕事でしたし、やっていて楽しかった。その仕事を20年やって21世紀にもなり、2001年にそろそろ自前でNPOをやろうかということでシチズンワークスという市民活動団体を仲間とつくりました。そこの事務局長をやってたんですが、それから1年後にビッグイシューに出会ったんです。
―――それからどのような経緯でビッグイシューを始めようと思ったのですか?
シチズンワークスの最初のプロジェクトとして、ホームレス問題研究講をやったのが直接のきっかけになりましたね。当時、私自身は一人の市民として普通程度の関心はありましたが、特にホームレス問題に興味があったワケではなくて、あくまでたくさんあるプロジェクトの一つだったんです。そこで勉強したのですが、ホームレス問題の解決への大きな糸口は就業の問題だということと、日本にはホームレス問題にかかわるNPOの数が絶対的に少ないことなど、がわかりました。アメリカの東海岸などの事例を聞くと、欧米のNPOの活動は数もスケールも全然違うんだなと感じたんです。例えばワシントンDCでは、元レストランのシェフが、ホームレスの人がシェフになるための就業トレーニングコースをつくっていて、そこの卒業生の就職率はなんと90%程度と聞いて、驚きました。他にもいろんな形でさまざまな支援が行われているんですね。当時日本で、ホームレスにかかわる活動に参加するのは、女性にとってはちょっと敷居が高く勇気がいったのですが、向こうの活動を聞くと、誰でも気軽に参加している。そのことにも感銘を受けました。また、その活動は外にも開かれていて、先にあげた、シェフになるためのトレーニングコースの指導者を育てる講習会もあって、世界中から志願者を受け入れたりもしているんですよ。そんなこともあって、ホームレス問題解決への鍵となる、彼らの仕事をつくることについて考えているときに、たまたま月刊『ペン』という雑誌で5行くらいの記事でビッグイシューが紹介されているのを見たんです。イギリスに留学していた人などにはよく知られた存在だったそうですが、私はそこで初めてビッグイシューを知ったんですね。それで、ビッグイシューが雑誌だということでピンときたんです。前の仕事の関係で、単行本ですけど本の編集もやっていましたし、自分の持っているノウハウがもしかしたら使えるんじゃないかと思ったんです。それでサイトやなんかを調べたんですが、あまり情報がなくて、これはもう現地へ行ってしまうしかないと思ったんです。 そして実際に行ってみましたら、やっぱり心が動かされましたね。まずビッグイシューの販売者が街頭で売っている光景がよかった。販売者の態度は、紳士的でした。知名度があるから静かに売っているんです。買って話をすると、God Bless youとか、Have a nice dayとか、言ってくれるんですよ。他にもどこから来たんだとか話して、とっても感じが良かった。それから、ビッグイシュー・スコットランドの本社に行くと、設立者は私より年齢的には上ですけれど、スタッフはみんな若くて、イキイキと仕事をしていたのが良かったですね。
代表のメル・ヤング氏はとってもオープンマインドで、大阪には1万人ものホームレスの人がいると説明すると、ほっといてどうするんだ!なんでも手伝うから、ホントに大丈夫だから、すぐにやりなさい、なんて言って、半分説得されたような感じでしたね。私自身やりたいというマインドがあって行ったもんだから、気持ちがとってもハイになってたりもして、そこでやろうと決意したんです。 イギリスに見に行ったのが2002年で、それから一年間準備しました。2003年の5月に会社を作って、9月に創刊したんです。
―――学生時代はどんな学生生活を送っていたんですか?
子どものころは漫画家になりたかったんです。でも絵を描くのがなかなか難しくて、小説を書こうかと思ったり、高校からは詩も書いていました。それで高校の文芸部に入ったり、社会人になっても同人誌出したりしてましたね。それが私の一つやりたかったことで、もう一つやりたかったのが、ユネスコクラブに入って、夏休みに人形劇の巡回なんかしたりしてたんです。そういう風に、文学的なことと、ボランティアと両方やっていたんですよね。今になって思うと、ちょうど今の仕事はその両方をミックスしたような形だなと思っています。たまたま結果としてこうなったんですけれどね。
文学とボランティアって、全然違うじゃないですか? 一方は自分の世界で好きなことをやる、他方は社会のためにつくすみたいなイメージがあるでしょ? 全然違うと思ってたし、自分の中でもなかなか合体しなくて、どちらを仕事にしようか悩みましたね。結局モノを書くのは一人でも書けるから、まず福祉関係の仕事をしようと保育士になりました。2年くらいやりましたね。でも、あんまり向いてなかったんです。それで、今度は活字の世界に戻ろうかと、司書の勉強をしたんですよ。だけど、図書館で司書の仕事って、サービスですから、のんびり本を読んでいられないんですよね。資格はとったけど、あきらめました。
―――ズバリ、大学の頃の夢というのは?
いや、だから迷ってましたよ。高校のときに福祉の道に進もうと決めて、その道の勉強を始めたのですが、学生時代には頭の中のイメージと職業がなかなか結びつかなかった。卒業後、保育仕になったものの進むべき道に迷ってしまいました。早くに進路を決めてしまって、就職してから迷ったんです。それから20代は迷いっぱなしですね。シンクタンクの仕事は自分から求めた仕事ではなくて、人からの紹介で始めたことです。でも、やってみたらそれが面白かったんですよ。
自分が想像できる狭い世界の範囲でこの仕事って決めちゃうともったいない、世の中いろいろな仕事がありますから。だから、例えば、10代の若い人が13歳からのハローワークっていう、あの本を見て仕事を決めたらダメだと思うんです。だって、現在はなくて将来必要になる仕事はあの本の中には書かれていない。知識として知っておくのは良いかもしれませんけれど。色んな人に話を聞くのも良いですけど、大人たちがやらなかった、想像もしなかった、新しい仕事をやっぱり若い人に生み出してほしい。
―――これからの目標や今持っていらっしゃる夢など何かありますか?
イギリスのビッグイシューには、会社とは全然別組織のビッグイシュー財団があるんです。そこでは、ホームレスの人のための心身のケアや就職相談、アート活動などをサポートしています。私たちも、日本で、雑誌発行の事業をできるだけ早く軌道に乗せ、同じように非営利団体をつくりたいと思っています。日本では、ホームレスの人に仕事をつくって日々の暮らしが経済的になんとかなっても、単身の人が多いですから、それだけではなかなか社会復帰ができないんですよね。ですから、就職のためのケアをしたり、生活支援をしたり、アートなどの文化活動やスポーツなどの場を提供したりする。雑誌の発行と財団の活動を両輪でやっていくのが、私の中での理想です。これはビッグイシューを始めようと思った時から、最初のビジョンとしてありました。来年の9月設立を一応目標にして、計画だけでも立てていこうと取り組んでいるところです。
―――最後に今の学生にメッセージを。
若いスタッフにもいつも言っているんですが、
20代はどんなに失敗しても取り返しがつきますから、いろんなことに挑戦してもらいたいということですね。とにかく何をしても、20代なら、取り返しがつきます。
ですから、やりたいと思ったことは、チャレンジしてほしい。仕事も恋愛も冒険も。もちろん命は大事ですから、蛮勇は困りますが。周りに評価されることだけをやっていると、創造性も想像力も生まれないし、枠からはみ出せない人間になっていまいます。周りに反対されても、自分が本当にやりたいと思ったことは10人のうち賛成するが3人いたら始めたらよいというふうにもいいますね。賛成する人が10人中8人もいたら、それから始めてももう遅すぎるとも。
どうしてもね、親は愛する息子や娘となるとどんな失敗もしてほしくないですから、安全な道をすすめるでしょ。それは仕方がないですよ。失敗しろと、親からは言えない言葉じゃないですか。
―――本当にやりたいことをやってほしいというメッセージですけど、水越さん自身はどうでしょうか?
なぜか、やらなかったことだけ後悔するんですね。ビッグイシューを始めるときに、そう思ったんです。振り返ってみて、やらなかったことだけ、やっていたらどうなっただろう?と思うことがあります。それが失敗する可能性の高かったことでも、ちょっとしたことでも。ビッグイシューについては、ほとんどの人が100%失敗すると反対しました。でも、いろんなハードルを乗りこえてやってみると、最初は想像できなかったさまざまな人から応援をしていただけたんです。今の私はほぼ完全燃焼状態です。とにかくその日できること、今日できることをするだけですね。できることは限られてますから。
寝る前に今日できることはやったと。できなかったことはしょうがないから、明日やろうと、そう割り切ってるんです。だからすごく寝つきはいいですね。やりたいことをやってるという充実感はあります。願わくばもうちょっと時間があれば、とは思いますけれど。
―――どうもありがとうございました。
Photo:中西真誠