青木 豊彦 様(あおき とよひこ)
ボーイング社認定工場 株式会社アオキ 代表取締役60歳を過ぎてもむしろ勢いを増し続けて東大阪をひっぱってゆく熱血おやじ。
■株式会社アオキ
―――はじめに、現在されている仕事について教えてください。
飛行機の部品を中心に今約1000アイテムくらい製造しています。我が社はモノ作りが専門の会社なのですけど、平成9年にボーイング社の認定工場をもらったということが、ウチにとって大きなステップになったんかなくらいには思ってますけどね。
―――そもそもどうしてこのお仕事を始められたのですか?
昔はやるとかやらへんとかちゃうんよね。もうメシが食べられるか食べられへんかっちゅうことやね。それで、ちょうど親父がこういう製造業を始めたもんで、もう否応無しに高校時代から手伝ってたっていう感じですわ。だから、学校行ってたのより働いてたほうが長かったっていうくらいの時代ですわ。
―――若い頃に持っていらした夢とか目標というのは?
メーカーになりたかったね。メーカー言うのは、自分で製造販売できる会社をつくるのを夢みとったな。それで、そうなるには何をすればいいかを考えながら、最初は自動車の部品から始まり、最終的には飛行機の部品を製造販売したいなという気持ちになりましたね。
―――そのために実際にやっていらしたことは?
父が会社興して始めた時には、農機具の部品をしてたんですけど、自然と作ってるモノは変わってきてますね。初めは農機具やって、次は建設機械の部品、その後も造船の部品、プラント工事の部品、油圧部品、ロボットの部品、飛行機、そして今宇宙の部品もやって、ということで8回変わってるのよね。ウチの会社は今で46、7年目くらいになるのかな。だからだいたい5,6年に1回の転機がきてるのよね。それが何でかって自分でも考える時があるんやけど、前向いてるからやろね。前向いてる言うたらおかしいけど、この仕事したい、この仕事したいって思っとったら、よく見えるんですね。そういうチャンスが来た時に、ふっと入れるんですよ。普通はね、考えてなかったら、チャンスが来てもすっと逃げていってしまうと思うんですよ。実際そういう仕事に就きたいと思っとったら自然と神様がそういう方向に持って行ってくれるような気がするな。だから僕も人工衛星の打ち上げのプロジェクトをやって町興しできた。
―――青木さんは人付き合いを大切になされているらしいですが。
僕は年賀状を全部手で書くわけですよ。1000枚書くんです。「共に頑張りましょう」と同じコト書くんやけど、全部自分の手で書くわけ。だから年賀状送ってるところからはみんな返事が来る。1000枚書いたらウチにも1000枚来る。こういうことをやりながら場を広げていくわけ。輪を、確実なモノに。こういうことも、天が与えてくれるようなチャンスを作るもとやわね。
―――人とのつながりを大事にしていらして、お仕事で良いことってあるのですか?
中学くらいの頃、家のお袋に言われた。「男が一旦家の外に出ると7人の敵がおるんや。そしたら自分の一旦出したモノは引っ込められへん。でも、お前はそういうのは軽率や」と言われた。そのとき、それやったら「7人も敵がおるんか。だったら14人の味方をつけよう」と、そう考えたね。
味方をつけると良いことがあるという保証はないけど、あるという率の方が高いんちゃうかなと思う。自分で解決できる問題ばかりやったらいいんやけど、解決出来ない問題もあるわね。その時、人が助けてくれるんですよ。
例えば今回みたいにいろんな社長さんと会って話したり、皆さん若者には何か自分の人生が変わるきっかけがあると思いますよ。どっから変わるか言うのはわからんけど。でも例えば、冬が春になる時には、それはいつからというのは決まってないけど、カレンダーには立春っていうのがあるわね。やっぱりそういう変化の節目というのは必要なのかなと。変わるというのは、自分がそうありたいと思うことで変われるんやろ。そう思わないと変われない。
こないだね、ちょっと嬉しいことがあったんですわ。ある高校の就職指導の方が来られてね、「青木さんのところで働きたいという学生がウチにいてるんですわ。どうしても社長のトコに入りたいと言うてます」と。今、ウチは高校生は募集してなくて、大卒を募集しているんですが、あんまり熱心に言われますから、ほんならいっぺんその子連れて来て下さいと言うて来てもろたんですよ。「本当は中学卒業してすぐ入りたかったんです。でもまず高校卒業してから社長のとこに入ろと決めました。そう決めて高校3年間送りました」と。感激しましたよ。スゴイ子いてんねんなと。
ウチだけやなしに、他も即戦力が欲しい。今一番、今日本の企業で求められているのは即戦力ですよ。今の学生さんは一流会社に勤めたいと思う。けど自分が一流人かと、言うたらだいたいの人は違うと言う。んじゃ一流人じゃないのになんで一流の会社で働かなあかんのや?安定な立場を求めるからでしょ?希望ないでしょ?さっきの高校生なんて、ずっと目が光ってたらね。高校3年間、そのために通ってましたなんて言われたら感激しますわね。だから、みなさんが、会社に自分はどうしても行きたいんやと言ったら、その会社どう思います?きっとその会社はぜひ来てくれいうことになりますよ。
―――最後に、学生にガツンとメッセージを。
動きだしたら、走れる。走ってこけたらまた起きたらよろしい。起きたらまた走ったらいい。その繰り返しやと思うで。
普通は、日本ではこっちからは目下の人にアプローチしにくいんですよ。目下の人からアプローチがあったら何かできるけど。チャンスを生かすには、若いんやからちょっとくらいあつかましくてもいいやん。今みなさんの年やったら許されるんやから。失敗しても何しても。許してくれる。僕らの場合やったらなんや青木さんまたあんなことしてるわ言われる可能性があるんや。まあ、マナーは必要やけどな。僕も今自分でマナーができるとは思ってないから、マナーを携えた男になりたい。
もう61やで、でもそういうことを考えている。定年なんて思ってない。
いつも前向きに生きてるというのが、自分自身の志やね。志を持たんとだめですよね。
―――ありがとうございました。